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高須四兄弟の写真にグッときた!
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    昨日のブログの続きです。


    尾張徳川家の最後の将軍、徳川慶勝は高須松平家からの養子で、兄弟には一橋家の跡取、徳川茂栄(もちなが)、会津藩主の松平容保(かたもり)、桑名藩主の松平定敬(さだあき)がいます。みなさん高須松平家からそれぞれの家の跡取りのために養子に出たので、高須四兄弟と言われます。


    幕末、薩長を京都所司代と京都守護職として抑えたのが会津の容保と桑名の定敬です。その後、薩長がさらに勢いづき、江戸に攻め入る中、その通り道の尾張徳川藩が徳川幕府にとって最後の砦となりました。ここで薩長と戦うか、戦わずに薩長に付くか、その藩主の慶勝は苦渋の決断を迫られます。


    ちょうどこの頃イギリスがアヘン戦争で清を支配下に置いたこともあり、慶勝は薩長と戦えば疲弊した日本を間違いなく列強は襲ってくるはず、しかし新政府と戦うと言うことは徳川幕府の終わりのトリガーを自ら引くことになり、兄弟たちと戦わなければならない。「殿、どうしますか!」と側近の決断を迫る声、想像しただけでもその苦しみが伝わってきます。慶勝45歳です。


    「薩長につくぞ!」この決断は側近の誰も予想していなかったことでしょう。しかし、この慶勝の決断のおかげで、尾張から江戸まで薩長は戦うことなく無事到着し、無血開城、明治維新を迎えます。慶勝は名古屋藩知事を2期務めた後、晩年は東京の隅田川近くに引っ越し、一市民として過ごしたとのことです。最後の最後まで旧尾張藩士を思い、北海道開拓団で北に渡った人たちに8万円(今の価値では50億円)の支援をし続けたということです。私はすっかり慶勝の生き様に魅せられてしまいました。


    色々と歴史に奔走された四兄弟ですが、それぞれが幕末を生き抜き、明治維新の10年後に集まって撮影された写真があります(ブログ下の写真)。この時、慶勝55歳、末っ子の定敬33歳です。最も苦難な時代を生き抜いた4人の表情を見ているとこうして集まって写真が撮れてよかったねと心から思います。そんな思いで写真を見ているとなんか、こう、熱いものがグッと込み上げてきました。



    | - | 08:39 | comments(0) | - |
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